たまゆらデザイン日記

352 すべては愛に

d0009581_5352998.jpgすべては愛に
天才ピアニスト デヴィッド・ヘルフゴットの生涯
ギリアン・ヘルフゴット/アリッサ・タンスカヤ
中埜有理=訳
1997年
角川書店



「こんにちは、いとしいギリアン。お会いできてうれしいです、いとしいギリアン。クリスからあなたがくると聞いて、そうだったね、そして本当に会いにきてくれた。すばらしいよね?あはは!ふーん!今晩リカードーズにきてください。今晩、きてくれるよね……リカードーズに、ね、いとしいギリアン?」
わけのわからないことを早口でしゃべりまくり、自分に好意を持ってくれると思われる人には誰かまわず抱きつきキスをする。人をひどく疲れさせ、それでいてとても人なつっこい男・・・後に彼の妻となり、本格的にカムバックさせるにいたってなくてはならない人・・・15歳年上のギリアンの、デヴィッド・ヘルフゴットとの最初の出逢い。
リカードーズとは、オーストラリア東部パースに実在していたワインバーで、映画の中でデヴィッドが何かに憑かれたように店内に入り込み、おもむろに「熊蜂の飛行」を演奏し大喝采を浴びた、あの復帰のきっかけになったレストランでです。

デヴィッド・ヘルフゴット(Helfgott・・・何かを予感させる名です)は1947年オーストラリアのメルボルン生まれ。ポーランド移民の両親の5人兄弟の2番目として生まれました。音楽家になれなかった(厳格で排他的な)父に溺愛されて育ちました。息子のピアノへの才能を見い出した父は、貧しい暮らしにもかかわらず生活ための金銭もピアノの頭金にし、独学で学んだ知識のすべてを息子に託すのです。しかしながら世間で認められるようになればなるほど、貧困への失意(裕福なユダヤ人が資金的にデヴィッドをささえていた)、世界へ飛び立とうとする息子への嫉妬などに対して父の愛情はゆがめられていき(アメリカ留学をダメにした)、やがて父子は憎みあい、傷つけあうようになってしまいます。

父親のピーターの家系はポーランドの敬虔なラビ(ユダヤ教の指導者)。音楽にうつつを抜かすなど許されることでなく、こつこつ溜めて手に入れたヴィオリンを父親に「粉々」に壊されてしまう。東欧中に共産主義が広まっていった時代もあいまって、反発からユダヤの教育をまったく受けなかった。家出をくりかえしていたピーター少年は脱出に成功し、サーカス団で生活をし、商船の仕事につきオーストラリアに渡り必死に英語を学び、楽譜の読みかたをおぼえ、ピアノとヴィオリンを弾けるようになった・・・そんな過去が父親のピーターにずっしりと居座っていたのです。

アメリカ留学を父・ピーターに阻止された頃から、デヴィッドの頭の中に大きなダメージ・・・〈霧〉がかかりはじめました。晴れることのない〈霧〉はロンドンの王立音楽院に留学してからいっそうひどいものになり、歴代の名演奏と言わしめたラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」(父ピーターが愛した曲。デヴィッドの子ども時代から特別な存在の曲)以降、急速に精神を蝕むようになっていきました。

オーストラリアに戻ったデヴィッドは家族にも見放され入退院を繰り返します。そんな生活を10年以上も続けていたある時、冒頭のクリス医師がオーナーでもあったリカードーズのピンチヒッターで演奏したピアノが功を奏して、地元の人気者になります。そしてある日クリスの店の客のひとりとしてギリアンが立ち寄ったところからふたたび運命が大きく動きはじめるのです。

物語は1994年、カムバック後ふたたびロンドンの王立音楽院のステージでラフマニノフを演奏するという機会の訪れで締めくくられています。ギリアンはいつかデヴィッドが語ってくれた「ラフマニノフ」のことを思い出します。
“川か海のようなもの。ただ流れていく。世界でいちばんの難曲なんだけど、じつはシンプルなんだ”
そして演奏がすべてが終わっていつになく寡黙だったデヴィッドが口を切ります。
「ね、なぜだか知らないけど、父さんには全部わかっていたんだ。ぼくがどう生きるのかわかっていて、そしていまは喜んでいる。あのコンサートにきていたよ。ある意味でね。微妙な感じ、神秘的な存在、霊魂として、存在のなごりとして〜中略〜ぼくは感謝するべきだった。何も心配することはなかったんだ。だって、何もかも完璧に計画されていたんだからね」



本書は映画『シャイン』の原作本ではなく、映画が公開された翌年に出版された本で原題は『LOVE YOU TO BITS AND PIECES』。スコット・ヒックス監督は映画化の申し出を断られ続け、ようやく信頼関係が築けた時は10年の歳月が流れていたそうですが、「第三十三章 シャイン」の項目で、映画完成までの苦労も綴られています。

とにもかくにも、今のデヴィッド・ヘルフゴットがいるのは、献身的な妻ギリアンの存在なくしてはならなかったでしょう。水と戯れることが大好きで・・・海だろうと川だろうと処構わずで、いつの間にか遠方へ泳いで行ってしまい、何度も捜索願いにお世話になっているようです。
映画を見た後で読んで欲しい一冊。作者である妻ギリアンの視線と語り口が素晴らしい。

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ペットの猫のラフマニノフと(1984年)
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by tsukinoha | 2007-06-18 05:41 |

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