たまゆらデザイン日記

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215 マイケル・ジャクソン来日中

マイケル・ジャクソンの来日にあやかって、おすすめビデオ(DVD)を。
d0009581_20475365.jpg
History on Film 2
Sony/Columbia






1.Bille Jean (live)
2.Beat It
3.Liberian Girl
4.Smooth Criminal
5.1995 MTV Video Music Awards Performance
6.Thriller (long version)
7.Scream (duet with Janet Jackson)
8.Childhood
9.You Are Not Alone
10.Earth Song
11.They Don't Care About Us
12.Stranger In Moscow
13.Blood On The Dance Floor
14.Brace Yourself



素顔や素行はともかく、マイケルのスケールの大きさを知らしめる1本。かのエリザベス・テイラーは、マイケルのことを確か「宇宙人」と言っていましたが、その見方は間違っていないと思います。
「Thriller」などでお馴染みの80年代も懐かしいですが、意外に知らない90年代のマイケルも魅力的。ブラジルで撮影された「They Don't Care About Us」などは圧巻です。
とにかくマスコミの報道に振り回されるマイケルを見るよりも、このビデオクリップ集を観ることをおすすめ。きっとマイケル・ジャクソンのイメージが変わるんではないかと思います。


しかし・・・

マイケルパチンコで大はしゃぎ

マイケルビックカメラに登場

とかいうニュースの見出しを見るとズッコケそうになります・・・。
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by tsukinoha | 2006-05-31 20:51 | 音楽

214 アニメ主題歌大全集

ゆうべNHK衛星第2で、「アニメ主題歌大全集」という番組がやっていました。
収録から1ヶ月以上経っているので、ずいぶんゆっくりの放映です。
この企画は昨年に続いて2回目。ということは来年もやる可能性大ということでしょうか。当日は後ろの方まで満席だったそうです。

私たちの世代にとっては懐かしいアニメソングが多かったのですが、ケーブルTVなどで再放送されている番組も多い昨今、子どもも結構知っているようでした。親子で楽しめる番組、ということですね。
ゲストに松本零士さんが登場。ハーロック、銀河鉄道999、ヤマトと続けてやってくれました。タケカワユキヒデさんの歌が聴けて嬉しかったです。リアルタイムの時に映画観に行きましたから!

ささきいさお、堀江美都子、井上あずみ、影山ヒロノブ、水木一郎、前川陽子、尾藤イサオ、岩崎良美などなど(全部名前が憶えきれません・・・笑)、豪華なメンバーが続々登場。内容の濃い2時間でした。



番組後半で20曲・20分間メドレーがありました。これは歌い手さんを支えるオケ(バックの演奏)の方も大変だったそうです。ここだけの話ですがうちのつれが、ドラマーの譜面めくりに借り出されていました。
クラシックでは譜面めくりの仕事というのは存在するらしいのですが(現代音楽なんかだと一瞬どこやっているんだかわからなくなったりして冷や汗ものらしい!?)、アニメソングでそのようなことが必要になるのは、どうも前代未聞だったそうです。本番では一発で完璧に演奏しきるとのこと。当然のこととはいえすごいです。で、リハーサル時にはセーラー服姿のダンサーのおねえさんたちについつい目がいって・・・とのことだそうです。
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by tsukinoha | 2006-05-29 22:29 | 音楽

213 プラド美術館展(に行きたいな)

行きたいけれどおそらく行けないシリーズ(?)です。

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プラド美術館展
スペインの誇り 巨匠たちの殿堂
上野・東京都美術館


先週、Y新聞で5回に渡って、「プラド美術館展」私の一枚と題して、著名人がお気に入りを紹介していました。緑字は見出しです。

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第1回 村治佳織さん(ギタリスト)
「マグダラのマリアの被昇天」アントリーネス
マリアの人間味感じる

第2回 赤坂泰彦さん(DJ)
「ヴィラ・メディチの庭園、ローマ」ベラスケス
映画のロケに行く感じ

第3回 阿川泰子さん(歌手)
「魔女の飛翔」ゴヤ
遠い日 恐いのに釘付け

第4回 祖父江慎さん(グラフィックデザイナー)
「ボデゴン:風景のなかの西瓜と林檎」メレンデス
味わえそうな瑞々しさ

第5回 松本志のぶさん(日本テレビアナウンサー)
「エル・エスコリアルの無原罪の御宿り」
優しさに包み込まれそう

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ビジュアルがないと、わかりずらいですね。言葉で想像してみてください!

チラシの絵は「アモールと音楽にくつろぐヴィーナス〈ヴィーナスとオルガン奏者〉」ティツアーノ、1555年頃。新聞記事のお蔭で展覧会のチラシは祖父江さんのデザインということが判明しました。ブックデザインを手がけている割合が多いなか、チラシは新鮮に感じました。じゃぁカタログは(デザインは)誰なんだろう・・。という不埒な理由で足を運んでみたくなります。
こういったイベントもののデザインは、ポスターなど大型なものからチケットの小物、カタログまで、本来トータルでデザインを手掛けるべきなのに、昨年の北斎展のように統一されていないこともたびたび見受けられ、がっかりすることがあります。
視覚的印象は強いもの。さまざまな事情は承知の上での意見ですが、小手先のカッコよさばかり追わないで、全体を観てほしいものです。

さて、展覧会は6月30日までの会期が7月2日までに延長になったそうです。
「その質感の描写は、見ているだけで、思わず口の中に西瓜の味が広がる〜(中略)〜印刷物では再現できない瑞々しさ(西瓜)をぜひ本物で味わって」と祖父江さんに言われると、かなり惹かれるものがありますが・・「魔女の飛翔」も実物観てみたいし・・と、プラド美術館展にも行きたいけれど、ぽ〜んと飛んでスペインに行ってみたいもの。(どうでもいいことですが、高校生の時のバイト先のパン屋の名は「マドリード」)

ヴィクトール・エリセ監督の「ミツバチのささやき」観て。
チック・コリアの「スペイン」聴いて。憧れで終わるのかな・・。
前記事の続きになりますが、アメリカのクロスオーバー音楽の原点として、チックはガーシュインの名を上げていました。「ラプソディー・イン・ブルー」はクラシックとジャズ・ブルースの融合の結晶のような曲だったとは・・いやはや知りませんでした。さらにチックは、今度はスペインのフラメンコギタリスト、パコ・デ・ルシアと(再び)やるとも言っていました。楽しみです。
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by tsukinoha | 2006-05-27 12:07 | 展覧会

212 リターン・トゥー・フォーエバー

d0009581_21452529.jpgリターン・トゥー・フォーエバー
1972年 ECM

1.リターン・トゥ・フォーエバー
2.クリスタル・サイレンス
3.ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ
4.サムタイム・アゴー〜ラ・フィエスタ

チック・コリア(el.p)フローラ・プリム(vo,perc)ジョー・ファレル(fl,ss)スタンリー・クラーク(ei.b,b)アイアート・モレイラ(ds,perc)


ジャンルを超えて聴かれるべき1枚とはこのアルバムのことを言うのかもしれない。
30年以上前のものとは思えないくらい新鮮。現代のものが新しくて昔のものが古いだなんてとても迂闊に言えるものでないことがわかる。
私が最初に聴いたのは(なにしろリアルでは小学生だったので)20代(80年代)になってからだったけれど、瞬間、それまで自分が聴いていた音楽すべてが生温いものに感じてしまった。

昭和47年のスイングジャーナル誌に、「リターン・トゥ・フォーエバー」という新しいコンボの登場によって、70年代のジャズの新しい波がまぎれもなく明確な形をととのえた・・・「JAZZ NOVA チックコリアとジャズの新しい波」と特集が組まれている。美を求めて永遠への再訪は、ブラジル生まれのパーカッショニスト、アイアートとフローラと、ジャズブルースのスタンリー、ブラジルとバリバリのジャズのリズムのぶつかり合いが、新しい音楽が生まれるきっかけとなったと記されている。
僕としてもこれまでの最高の出来と思っているんだけど、信じ難いことなんだが、あの音楽はすべてたった一度の録音で出来上がったものなんだよ。(チック談)
なんですと〜!

チック・コリアは1941年マサチューセット州の生まれ。父はイタリア人、母はコルシカ島出身。ジャズトランペッターだった父親の影響でピアノを始める。子どもの頃からスペイン音楽やラテン音楽に強い関心があったというチックは、モンゴ・サンタマリア楽団(ユースケ・サンタマリアの名付けはこの方から)でプロとしての音楽活動をスタート。スタンゲッツのバンド(67年)、マイルス・デイビスバンドへの参加(68年)。退団後、フリージャズバンド「サークル」を経ての「リターン・トゥー・フォーエバー」結成(72年)。前述の通り画期的な成功を収めた。

チック・コリアという音楽家を語るとき、まず驚かされるのはその音楽性の多彩さだろう。しかしそれらのひとつひとつを吟味するなら、彼が常にジャズをベースにあらゆる音楽的な要素をそこに取り込みながら独自の世界を発展させてきたことに気付くはずだ。これこそがコリアの音楽的魅力である。(洋泉社『ジャズを放つ』1990年刊より抜粋)

ちょうど1年前のインストア・イベントの時(ブログ記事029)、チック・コリアは、「クロスオーバー」ということを大事にしたい云々と確か言っていた。ジャンルを超える音楽・・・まさにチック・コリアの魅力であると思う。後に名曲と謳われるようになる「クリスタルサイレンス」や、「サムタイム・アゴー」、「ラ・フィエスタ」は、その後ある時はゲイリー・バートンとのデュオ、またある時はピアノインプロビゼーション、アコースティックバンドと、別のかたちで顔を出してくれる。生きもののように姿を変えた一曲一曲の、新たな魅力を発見する喜びを私たちにもたらしてくれるかのように。
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by tsukinoha | 2006-05-24 21:55 | 音楽

211 ブックポートクラブより

某通販Fで情報を買っています。
A5版中綴じの小冊子。ブックポートクラブ(100円也)。
隔月刊だったのが、最近月刊になりました。
やはり手にとってめくって、保管できる情報もよいものです。
前記事で登場の谷川俊太郎さん。ブックポートでインタビュー記事があったな〜と、ごそごそ。
確かこのころ、娘が保育園の図書室から谷川俊太郎作『いちねんせい』というのを借りてきたのです。
声に出して読んでみて、言葉のリズムが違う!と驚いたものです。
そんな谷川さんの詩の謎が解けるような記事でした。


以下、平成16年12月1日発行ブックポートクラブ133号より抜粋。

僕は芸術家でなく職人です。
詩を書き続けなくちゃ食べていけなかったから、詩は生活の基礎。新しいことにチャレンジしているように見えるのは、いろんな仕事をやってきた中で自然とさまざまな出会いが生まれたのだと思います。
「何かを伝えたい」と思っちゃダメ。
僕が詩をつくるときに気をつけていることは、〈伝えようと思わないこと〉〈ふつうのことばを使うこと〉。学校で詩の授業は、そのほとんどが、ひとりひとり机に向かって感情や気持ちを言葉にするやり方じゃないかな。僕の授業では、日本語の豊かさ、美しさから詩をつくります。

今の子どもたちを見て思う事は?ときかれても、一般論では言えないね。ひとりひとりみんな違うから。〜(中略)〜対処療法でもとにもどるものではない。親や先生がひとりひとりの子ときちんと向き合うこと、それが大切だと思う。



ニックネーム
ダンドリー・谷川(段取り上手だから。締切りにも遅れたことがない)
生まれ
1931年 東京生まれ
最近よく言われること
「生きていたんだぁ」とびっくりされることがよくある。
教科書に出ている人はみんな死んでいると思われているみたい。



なるほど!と読みすすめた記事でしたが、これもまたデザインの考え方に通ずるところが多いです。さまざまの分野で道を極めた方々は、デザインの先生でもあります。
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by tsukinoha | 2006-05-22 22:20 |

210 詩人の美術番組

またまた1週間前の話題から。
先週(5月14日)の「新日曜美術館」は詩人・大岡信。
視覚芸術の美術番組で、詩人から観たアート(適切な言葉が思い浮かばないので、わかりやすくコレで)の特集をするという珍しい日でした。
途中、大岡さんと長年交友のある谷川俊太郎さんが登場。大岡さんの仕事場での談笑、谷川さんのお話を興味深く聞き入りました。
僕が聴覚型なのに対して、(大岡さんは)視覚型だよね。
(大岡さんが)絵画作品などにズームアップして入り込んで書くのに対して、自分は造形作家とやると“絵本”になってしまう。引いてしまって2人の協同作業になってしまう。

大岡さんは、月一度(だったかな)連句の会を、やはり交友のある作家2人と三人で儲けておられるそうです。
近代日本文学は「個人」を尊重してきたけれど、こうやって歌仙を巻いていると、そんなことどうだってよくなる。
とはご友人の弁。
連句などをしていると、自分がなくなるんじゃないかと考える人が多いもんだけれどその逆で、合わせてみると、自分自身が見えてくる。(大岡・談)


余計な情の入っていない番組というのは、時に、より一層の自分への問いかけがあることに気づかされることがあります。言葉とは、視覚とは、芸術とは、デザインとは何か・・・私は、何かに飢えているような感覚に襲われました。

番組最後に大岡さんと親交の深かったというアメリカ人画家、サム・フランシス(〜1994)とのポートレートに、一緒に並んで武満徹(〜1996)がいたことを見逃しませんでした。あ、そういえばこの日のスタジオゲストは、やはり武満さんと親しかった画家の宇佐美圭司さん。みなさんまとめて交友がおありなんですね。きっと・・・(羨望のまなざし)。

武満さん。そういえば、「芸術新潮」(2006年5月号)で音楽家を特集するのもかなり珍しいことです。(ブログ記事199参照)
「新日曜美術館」でもいつかやってくれないかしら・・・と密かに思っていたりして。
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by tsukinoha | 2006-05-21 06:14 | 芸術全般

209 防犯教室

昨日は仕事を早めに上がって、小学校の公開授業に行ってきました。
毎年実施しているという防犯教室、学年別の指導の様子を保護者と近隣の人が参観できます。
1年生2クラスは合同で授業を受けました。
  犯罪などについて正しい知識をもち自分や友達の安全を守る方法を知る。
というのが授業のねらい。
先生方の劇を通して知らない人についていっていいのか?そのときどうすればよいのか?を学びました。その後、引き取り訓練(あらかじめ学校と家に災害時などの引き取りカードを作成してある)をして、一緒にきけんな場所(車に注意とか、樹が繁って暗い場所とか)を確認しながらの下校、家で防犯マップを作成しました。


いかのおすし

いか ついていかない。

 (くるまに)らない。

 おごえをだす。

 ぐににげる。

 (おとなに)らせる。



娘いわく、
知らせたおとなのひとも悪いひとだったらどうするの?
・・・むずかしい問題です。

先日校長先生がスーツにスニーカー姿で、地域を自転車で見回っている姿を見かけましたが、学校では全保護者が当番制で、校外パトロールを受け持つことになっています。
物騒な世の中になってしまった・・・と思いながらも、地域ぐるみで守っていく姿勢は大事にしたいと思います。



いつもより早い帰宅だったので、保育園に遊びに行きました。
4、5歳児のリトミックの輪のなかに入ったり、2、3歳児のままごとのなかに入ったり・・・。小さい子たちが嬉しそうにおもちゃのおかずをお皿に持ってきてくれるので(たべて!と)私もなんか嬉しくなりました。娘にとってのふるさとのような保育園は、私にとっても懐かしい家に帰ってきたような気分。小さい子っているだけでなごむ存在なんだな〜と思ってしまいました。
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by tsukinoha | 2006-05-20 06:27 | 子ども

208 高島野十郎という画家

先週の「美の巨人たち」。録画しておいたのをさっき観ました。
まだまだ私の知らない画家がたくさんいて、
時々その方たちを発見するようなおもしろさがこの番組にはあるのですが・・・
今回は・・・驚きました。
85歳で生涯を閉じた、高島野十郎(たかしまやじゅうろう)という画家。と言っても、最近になって注目されてきた方だそうです。明治23年生まれ。


番組冒頭に、先日のこどもの日に久し振りに乗車した緑のラインの常磐線が・・・!?
次に画家が晩年を過ごしたという柏・増尾の風景。
(もうちょっと南に行けば私の生まれ育った場所)

1960年東京オリンピックを控えた都内の道路の拡張で、たちのきを迫られた画家は、東京の青山から一転、柏の増尾に移り住んだというのです。
野山と畑がどこまでも続くなかの一角。水道も電気も引かず、井戸を彫り蝋燭の灯をともし、自給自足で暮らしたそのさまは、絵を独学で学び、どこにも属さなかった画家の、悠々自適な生活のあらわれだったとも言えるようですが、細かいことは謎に包まれているそうです。

増尾で過ごした晩年の作品『夕月』『月』『太陽』『蝋燭』に、『すいれんの池』という、先日出かけた新宿御苑の池の絵。
なんか人には因縁というものがあるなぁと感じてしまいます。

そして高島野十郎という画家は、昭和の“文人”のような人だったのかもしれないと、ふとそんなことを考えてしまいました。
詳細はホームページを・・・。
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by tsukinoha | 2006-05-18 22:42 | 芸術全般

207 手は考える

前々回の記事、『古今』という書籍から。
私の大好きな尊敬する染織家・志村ふくみさん(大正13年京都生まれ)のエッセイがあります。

不注意から手を骨折してしまったという志村さん。
手が動けなかったら、私はまず織れない、文字が書けないという衝撃。
手がなければどんなに優れた画家、それがレオナルド・ダ・ビンチであったとしても具体的に表現することはできない。シュタイナーの講義録「人間-創造し、造形し、形成する宇宙言語を共に語るもの」を読んでいると、ちょうど「現世では頭脳が考えているけれども、次の世代では反対になって、足や手が考えるようになる」というような話がある・・・自分は手が考えているということを改めて感じたのです。とおっしゃっています。



講談社現代新書517 佐藤さとる著『ファンタジーの世界』で、佐藤さんも同じようなことを指摘しています。
・・・われわれは言葉によって考えを発展させる。言葉が思考を生み、その思考がまた言葉を生む。思考に力があるように言葉にも力があって、この力は創作中にも具体的に働く。書かれた文章が内容を展開させたり修正させたりするので、作者自身までしばしば意表をつかれる思いをする。このことを「手が考える」という。

たまたまこの著作を読んでいたときに、web上でまるっきり同じようなことをおっしゃっている方がいて、非常に驚いたものです。



デザイナーはレイアウトにはじまってレイアウトに終わる・・・と、私は教わりました。
文字や図や写真がレイアウトという景色を作り上げていくときの感覚は、まさに「手が考える」ようなのです。少し大袈裟ですが、それは窮地に立たされたときに訪れる感覚です。もっとも今は失いかけそうな窮地をどこかで追い求めているような部分がありますが、どんな場においても、このレイアウトの景色はどうなのか、いつもそのことが頭をかすめていくのです。そこにデザインの原点が潜んでいるように思うからです。
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by tsukinoha | 2006-05-17 21:48 | デザイン

206 五月雨〈さみだれ〉

5月16日は何の日?

しとしと雨が多いこのごろですが
今日5月16日は松尾芭蕉がみちのくに旅立った日だそうです。(陰暦では3月27日)
この季節、奥の細道で思い出すのが・・・

   五月雨の 降りのこしてや 光堂

   五月雨を 集めて早し 最上川


しかし五月雨は、もともとは陰暦5月頃の梅雨の長雨を指します。
芭蕉が実際この五月雨の句を詠んだのは、梅雨も終わりの頃。




五月雨の語源

五月雨の「さ」は、「早苗(さなえ)」などと同じく、耕作を意味する古語「さ」。
「みだれ」は、「水垂れ(みだれ)」。
五月雨は「五月雨る」の名詞形で、古くは、「五月雨る(さみだる)」と動詞で使わ
れていた。「五月雨る」は、和歌で「乱る」の意味にかけて用いることが多い。
・・・と、言うことです。



みちのくと五月雨とかけてましてそのこころは

天野さん(NSP)の歌の持ち味のひとつは、季節の移ろいに気持ちを写した詩。
ご本人が意識しておられたかは今となっては謎のまま。

   人は黄昏 年老いて 遠い思いに背を向けて

「五月雨」の歌詞の一節。(記事no.200参照)
アルバムタイトル『黄昏れに背を向けて』はこの歌詞からの拾い出しだったのかしら?

   なくした恋は この五月雨に 洗い流してしまえばいい

この曲はまさに「五月雨る」思いの詩なんだなと、思いました。
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by tsukinoha | 2006-05-16 22:12 | 随想

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