たまゆらデザイン日記

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197 LOVELY DAYS

d0009581_10141236.jpgラヴリー・デイズ
ビル・ウィザース






1 アイ・ウォント・トゥ・スペンド・ザ・ナイト
2 テンダー・シングス
3 デディケイテッド・トゥ・ユー・マイ・ラヴ
4 ラヴリー・ナイト・フォー・ダンシング
5 ドント・イット・メイク・イット・ベター
6 リーン・オン・ミー
7 ホェア・ユー・アー
8 ユーズ・ミー
9 メイク・ラヴ・トゥ・ユア・マインド
10 クロース・トゥ・ユー
11 ネイキッド&ウォーム
12 ラヴリー・デイ
13 イット・エイント・ビコーズ・オブ・ミー・ベイビー
14 オール・ビコーズ・オブ・ユー
15 ルック・トゥ・イーチ・アザー・フォー・ラヴ
16 ファミリー・テーブル



90年代に入ってからポップ・ミュージックの世界ではっきりしてきたことのひとつは、60〜70年代の音楽の再評価/再利用ということである。レニー・クラビッツからジャミロ・クワイまで90年代に作られて売られているアーティストとの作品の背後にあるアイデアが、基本的には60〜70年代に考えだされていることをいう。(ライナーノーツより)

LOVELY DAYS BILL WITERS SELECTIONは、
93年日本で発売されたビル・ウィザースのベスト盤。

ビル・ウィザースは1938年7月4日ウェスト・ヴァージニア州スラブ・フォーク生まれ。貧しい環境に育った。

温かなひだまりのような、やさしく降る雨に寄り添うような。
素朴な味わいのビル・ウィザースのボーカルは、ソウルとかブルースという言葉よりは、黒人のフォークといった感じがする。
魂が揺さぶられる、エキサイトする・・というよりは、リラックス感に包まれている音楽。
そんな音に休日の身体を浸そう。
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by tsukinoha | 2006-04-30 10:18 | 音楽

196 ミュンヘンの小学生

我が家の小学1年生の勉強は、自己流で憶えてしまったひらがなをきちんと書けるところからはじまっています。
「ここははねるんだよ」「ここははらうんだよ」
もらったプリント類は忘れても、その日教わったひらがなのことを教えてくれる娘。
頭の中の注意力が、どうも別のところにあるらしい。
この週明けも、ランドセルをからっぽにして(学童で作った手作りおもちゃは入っている)帰ってくるので、対策が必要?と「まいにちもってかえるもの」と、メモして貼ってやると、今度は持って帰らなくていいものまでもって帰ってくるようになりました(汗)。

さて、本題です。

読むより先に書くことからはじめる・・・で、思い出されることがあります。

d0009581_2274267.jpg娘がまだ1〜2歳だった頃、図書館でひととおり育児書の類いを読み漁っていたことがあって・・(教育熱心さからではなく、昨今どのようなことが言われているのかという興味本位から)そこで出会った本があります。子安美知子さんがご自身のお子さん(といっても私と同学年なので30年以上前の話)が過ごしたドイツ・ミュンヘンのシュタイナ−学校での様子を記された『ミュンヘンの小学生』という一冊。

子安美知子・著/ ミュンヘンの小学生/中公新書

●エポック授業
3〜4週間ごと国語なら国語ばかりを集中して行う。
●担任は8年間持ち上がり
12年制の最初の8年間は同じ先生。
●点数のつかない通信簿
学校生活や教師の意見が文章で記述され、一人ひとりに向けて詩が贈られる。
●「書く」からはじめる
形や色を入念に描きあげるフォルメンと呼ばれる授業、オイリュトミーという独自のリズムダンスは「自分の意志にそって動かす」→「書く」へとつながる。そして最初の文字の導入となる。
●7歳以前にはじめるべきではない
成熟を待たずして知識を詰め込むとただ機械的なテクニックになってしまう(知識の早産)。自分の意志を状況に応じて実行に移す時期を乳歯から永久歯にはえ変わる時期、7歳前後と見ている。

など、など、そのときの私としては、びっくりすることが沢山書いてありました。
よし、無理に字は教えないぞ。と誓ったものの、子どもは勝手に興味をもって字のかたちを憶えてしまいましたが・・。

とにもかくにも、そんな学校があったらいいな〜などと思っていたのです。
ところが、そんな学校が日本でもいよいよ現実となる時がきたようなのです。

2007年春、千葉県長生郡長南町にシュタイナ−学校設立。
モルゲンランド「あしたの国」を覗いてみましょう。
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by tsukinoha | 2006-04-27 22:13 |

195 「若冲と江戸絵画展」にさきがけて

今年7月4日〜8月27日まで東京国立博物館で開催予定の
「若冲と江戸絵画展」に先駆けて、コレクターのプライス氏自身が執筆されているブログがはじまったとの情報をこちらで得ました。

そんな折、先日、近所の古本屋さんで、プライス氏の取材が掲載されている
『和楽』2004年9月号を手に入れることができまた。(300円也)
以下特集の目次です。

特 集 若冲という“衝撃”
      自然と響きあい、その彼方を見つめ続けた江戸の天才絵師は、
      ひとりのアメリカ人によって見出された
第一章 日本美術コレクター、ジョー・D・プライスさんをロス現地取材
      若冲に出合い、私の人生は決まった。
第二章 プライスさんも恋い焦がれる皇室御物『動植綵絵』という宇宙
      若冲、その驚異のまなざしを俯瞰する
第三章 江戸時代から現代まで、若冲探訪 

いまの若冲ブームの最大のきっかけは、没後200年、京都国立博物館での「若冲」展だと言われています。
プライスさんと若冲との出会いは1953年。東洋美術のコレクターの友人について入った古美術商。店の奥に掛けられていた一枚の白黒の絵からどうしても目が離せなくなった・・後にそれが伊藤若冲という江戸時代の画家の『葡萄図』と分かるものの、その間にも、若冲と知らずにすでに何枚もの絵を手に入れていたのだそうです。

若冲は、絵の対象を決して写実的に描いてはいません。しかし私は若冲の絵の中に自然を見つめ尽したからこそ表現できた、その咲きに潜む生命や自然というものの、目に見えない本質を見たのです。(『和楽』インタビュー記事より抜粋)

コレクションをはじめた頃の60年代当時は、日本での江戸絵画の不人気ぶりをプライスさんは嘆いておられたそうです。40年あまり過ぎて価値観も一変。まったく我々は何をしているのでしょうか。江戸絵画を愛し、大事にしてくださった異国の方々に感謝せずにはいられません。

この『和楽』の取材が入っている時点で、2006年の「プライス・コレクション」の日本での公開は決定されていました。より多くの人にこの美しさを知ってほしいと願うプライスさんは、50歳で父親から譲り受けた石油パイプラインの会社を兄に譲り現役を引退。ロサンジェルス群立美術館に併設の日本館の建設、あらゆるサポート体制を確立していくなど、コレクターとしての活動に専念されているそうです。

さて「若冲と江戸絵画展」の方は、1年かけて、東京、京都、福岡、名古屋で開催。一度にすべての作品が里帰りするのは、おそらくこれが最後になるだろうと言われている展覧会・・ということです。

d0009581_2222859.jpg
江戸時代好き、絵画好きでなくとも、
見逃すわけにはいきませんよね?


表紙
伊藤若冲『葡萄図』部分/エツコ&ジョウ プライスコレクション
青磁茶碗 銘馬蝗絆/東京国立博物館

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by tsukinoha | 2006-04-24 22:10 | 展覧会

194 フジタさん、いってらっしゃい。留守は我らが!

藤田嗣治生誕120年。
国立近代美術館の大盛況で大混雑の展覧会へは、たぶん行けない(行かない)だろうな〜と思いながら、2週に渡るテレビ東京系「美の巨人たち」に続いて、4月の3週目のNHK教育「新日曜美術館」で藤田嗣治の足跡を辿りました。
ところでその先日の「新日曜美術館」で、藤田嗣治の作品として『秋田の行事』が取り上げられているのに驚きました。

と、言うのも・・
人影まばらな秋田の美術館の大展示室で観た圧巻の大作!あれは藤田嗣治だったんだ!
・・というわけで5年前に秋田県平野政吉美術館を訪れていたことを思い出しました。

藤田嗣治と言えばエコールドパリのイメージだったので、土着的な民俗画の『秋田の行事』の絵と完全に分離していたのです。

故平野政吉氏が過去57年間独力で蒐集した美術品の中から601点を寄付し、出来た財団法人平野政吉美術館。昭和42年(1967年)に開館公開。藤田嗣治氏のコレクションは日本一。カンバス張りの壁画『秋田の行事』昭和12年(1937年)は、その大きさ(高さ3m65cm・巾20m50cm)。
当時の秋田を描き尽くした作品は、日本の(秋田の)民俗学を知るうえでも大変貴重な絵画ではないかと思います。

その平野政吉美術館(『秋田の行事』は美術館内風景/大展示室の画像で観ることができます)では、
   近代の洋画と版画 フジタさん、いってらっしゃい。留守は我らが!
というタイトルの展覧会をやっています。
3月25日〜10月22日まで3期に渡っての長い期間なので、もしかすると帰郷の折、観に行ける機会が訪れるかもしれません。
そうしたら、再び嗣治の『秋田の行事』と対峙してみたいものです。

平野政吉美術館は、JR秋田駅から徒歩で行ける距離です。江戸時代の秋田蘭画などの展示も観られます。まあ、絵だけをわざわざ観に行くには秋田は遠いですね・・。
そう言いつつ、つくづく秋田は不思議なところだな〜と思います。

そんなことを思っていると、郵便が届いたとの秋田のお義母さんからの電話。
「こっぢは桜はまんだだよ〜」
春の訪れもゆ〜っくりのようです。
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by tsukinoha | 2006-04-21 22:28 | 展覧会

193 子どもを育てるには「まち」が必要!

職場で回覧された生協の小冊子(季刊)に、地域コミュニティの再生をテーマにした三浦展(みうら・あつし)氏のインタビュー記事がありました。
いくつか箇条書きに出してみました。

●若者たちから火がついた『下流社会』
本ではあまりはっきり「下流とは」という定義はしていない。マスコミの影響で下流=フリーター、ニートのように受け取られているが、必ずしも階層意識の低い人が、下流ではない。
●生活水準と意欲は比例している?
意欲と生活水準の相関をみると、下流と呼ばれている人が、お金に関心はないが人助けはしているかというとそういう傾向はない。
●排他的空間が生み出した「ひきこもり」「ニート」
部屋にエアコンやテレビがあり、電話もある。ひきこもるのも当然。
●意欲の向け先、その選択肢の広がりがカギ
・自分とは何者か、何が好きかは、他者と出会わなければ見つけられない。
・いまは「喜び」の独占状態。いい大学を出ていい就職をし、バリバリ働いている人ほど、お金じゃない喜びや幸せを求める。(NPO、ボランティア、ロハスなど・・)得ている人がすべてを得ようとし、得ていない人は何も得られていない感じ。
・意欲のある人、ない人という単純な格差ではなく、もっと意欲の向け先の選択肢の広がれば、若者たちの気持ちももう少し楽になるのでは。
●子どもを育てるには「まち」が必要!
「食育」が流行りだが「まち育」を推奨したい。全国でショッピングセンターや大手スーパーの進出が商店街を脅かしている。子どもたちには商店街が必要。身近は大人たちの営みを見て、挨拶、コミュニケーション力、自立心、公共心などを会得していく。

80万部のベストセラー『下流社会』は、発売4日で増刷されたそうです。
多世代を視野に入れたまちづくりが注目されるようになってきています。失った長屋的コミュニティの再生とも言うべきでしょうか。
ともあれまずは個人でできることを・・。
例えば日常のあいさつ・・「人の目」が、結果、まちぐるみの防犯へとつながると言われます。
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by tsukinoha | 2006-04-20 21:34 | 子ども

192 TAKEO PAPER SHOW 2006

紙のバランス。人のアンバランス。

   連想、記憶の中を彷徨う人間たちは、バランスを失い、
   アンバランスの心地よさに目覚めていく。
   (コワイことにケータイ、液晶にはこの感触の差がないのである)
   〜中略〜
   紙の物理的側面と使う人の心理的側面を
   「バランス/アンバランス」という言葉で大きくとらえ、
   紙そのものの価値を再認識・新発見します。
                     〈案内状より抜粋〉


感覚的過ぎるコピーライティングのせいか、
いまひとつテーマの焦点が曖昧で、ピンとこなかった。



展示はふたつのスペースに分かれていた。

ひとつは、実際に使われている紙製品のいろいろ。(バランス→製品→公)
卵、ガム、お菓子などのパッケージ類、おむつ、ジ○ポニカ学習帳、あぶらとり紙・・・パリパリ、ふんわり、スケスケ、ツルツル、ザラザラという素性を持った紙が、用途に対してどのような製品となって出回っているかを再認識するコーナー。

もうひとつは、クリエイターがアンバランスな状況を意識的につくり出した架空の製品。(アンバランス→作品→私)
普段、ひとりよがりでは成り立たない製品をクリエイターの発想のみで完結させた「作品」。「自分の作品を作っている仕事」ではないデザイナーにとって、好きなままにモノを作るというのは楽しさと難しさが試される場でもあるように思う。(「作品」か「仕事」か。よくデザイナーとアーチストの違いは、ここに指摘されることが多い)
お風呂で読んでもokな合成紙を使用した文庫本は、アンバランスといテーマにおいて明確だった。量産目的の文庫本が、割高な合成紙になることはおそらくないだろう。

掲げたテーマは感覚的。
展示の方は例年になく明解なものだったように思った。
抽象的なテーマに対して明解な展示品。そこにアンバランスさを感じた今回のペーパーショウだった。

紙という実体は、画面の中の仮想世界では永久に得られることのない、嗅覚、触覚、味覚(までも)が揃っている。紙という実体を媒介したグラフィックデザインとは、視覚伝達のみならず、五感を伝達するデザインと言える・・・そう納得させて会場を後にした。


()内は、筆者の勝手な見解。
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by tsukinoha | 2006-04-18 05:50 | 展覧会

191 東京の小学生(2006)

娘が小学校に通うようになって早1週間。
朝は一緒に玄関を出て、同じ集合住宅に居住の新1年生のお友達と3人で学校へ。
「いってらっしゃい」と見送って私は駅の方角へ。

登校3日目はこんなふう。
  あいさつ
  返事
  鉛筆の持ち方
  数の名前
  文字を書く
  自分の顔を描く
  給食の準備

まずひらがなを書くことからはじまる。そして、しばらくは「ぬりえ」を取り入れる。

長い休み時間は6年生数名が1年生の教室に遊びにやってくるという。保育園でいう異年齢児交流のようだが、遊んでもらうのが結構嬉しく楽しいらしい。

給食には持参したランチョンマットを使う。(私の頃は銀色のお盆だったな)
牛乳だけの慣らしから始まって、ロールパン、チャーハン、と日ごとに増えてくる。その分、学童に持たせるお弁当の量も減らしていく。

集団で下校させるようにコース別に分かれる。1年生60名のうち3割は、学童保育に向かう。学童に行っていない子も、ランドセルを家に置いて遊びにくる。ダンスをしたり、おままごとをしたり、一輪車や囲碁を習ったり・・・こちらの方も楽しいらしい。

学童保育は通常5時まで。うちは私が帰って来れるぎりぎりの時間の6時まで延長。同じく仕事帰りのお友達のお母さんと一緒に、外に出迎えに立っていると、親の姿を見つけた2人の子どもたちは急に駆け足になる。
「ただいま!」「おかえり!」
嬉しそうな顔に疲れがふっとぶ。

学校や学童からのおしらせプリントがやたら多い。
地域のサッカークラブの募集チラシに女子歓迎とあったので、「やったら?」と聞くと「やだ〜」と返された。
そして、娘はまた学校に筆箱を忘れてきた。

これまでどこに行くにも親や先生といっしょだった子どもが、子どもだけで行動するというのはそれだけでドキドキものでしたが、1週間もすると親も慣れてきます。
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by tsukinoha | 2006-04-15 07:19

190 花鳥 愛でる心、彩る技〈若冲を中心に〉第1期

私たちが普段何気なく使っている「花鳥画」「風景画」「人物画」「山水画」・・・etcのジャンル用語は明治以降作られたものです。絵を観賞するとき、無意識の中にこれら近代以降の思想が下地にあるというわけですね。「花鳥」と言えば、言葉の通り、花と鳥、画題そのものを指しているわけですが、「鳥」の意の中には、虫・魚貝・動物のような、(植物以外の)生きとし生けるものすべてが含まれています。
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宮内庁三の丸尚蔵館で開催中の展覧会、『花鳥 愛でる心、彩る技〈若冲を中心に〉』の第1期。桜のまだ残っている時期に、どうにかこうにか行くことが叶いました。
三の丸尚蔵館は大手門からすぐ。しかも無料。但し展示スペースはとても小さいので、普通だったら一気に公開可能の三十幅からなる『動植綵絵』も、5期に渡ってゆっくりと公開されます。

図録や書籍などでしか見たことがなかった『動植綵絵』は、想像していたよりも大きくてびっくりした、というのがまずはじめの感想です。「驚くほどの薄塗りである」こと、「バロックでもシュルレアリスムでもない」(by松岡氏)との指摘・・その事実を、肉眼で確かめたかった私には、ガラス越しの数十センチの距離がちょっとうらめしかった(笑)。


d0009581_21263759.jpg〈1期のこの一枚〉
『老松白鶏図』の背景の深い緑の表情の松と白鶏のコントラスト、『南天雄鶏図』のまばゆい紅に圧倒されながら、初回、忘れ難かったのは、なんといっても、『雪中錦鶏図』(左)のまったりとした雪の質感。こんな表現をする若冲とは一体どんな人物だったのだろうかと、改めて思いを馳せます。

展示は、狩野常信の屏風絵や、『椿花図譜(ちんかずふ)』に続いて、最後の締めが若冲の『動植綵絵』という並び。余談ながら、ちょうど3年前に展覧会で観た『百椿図本之巻』(狩野山楽/江戸時代/根津美術館所蔵)の素晴らしい椿の数々をふと思い出しました。


若冲の背景にある、思いがけず豊かだった江戸文化の匂いまでもを感じる展覧会。
次回も楽しみです。
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by tsukinoha | 2006-04-12 21:39 | 展覧会

189 アイ・ラヴ・ブラジル!

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アイ・ラヴ・ブラジル!
サラ・ヴォーン





1 イフ・ユー・ウェント・アウェイ
2 トリステ
3 ローゼズ・アンド・ローゼズ
4 ヴェラ・クルス
5 アイ・リヴ・トゥ・ラヴ・ユー
6 ザ・フェイス・アイ・ラヴ
7 カリッジ
8 ザ・デイ・イット・レインド
9 ア・リトル・ティア
10 カンタドール
11 ブリッジズ
12 サムワン・トゥ・ライト・アップ・マイ・ライフ


スイングジャーナル誌1979年 ジャズディスク大賞 ヴォーカル賞受賞
1977年 リオ・デジャネイロ録音
【ヴォーカル】 サラ・ヴォーン、ドリヴァル・カイミ、ミルトン・ナシメント
【演奏】 ホセ・ロベルト・ベルトラミ、エドソン・フレデリコ、アントニオ・カルロス・ジョビン、ミルトン・ナシメント

すでにジャズ・ヴォーカリストとして揺るぎない地位を確立していた当時53歳のサラがそれまでとはどこか違う表情を見せていたのが印象的だった(ライナーノーツより)。

ボサノバのスタンダード『トリステ』、『ローゼズ・アンド・ローゼズ』のドリヴァル・カイミとのデュエット、ブラジルのスーパースター、ミルトン・ナシメントの『ヴェラ・クルス』の共演も、どれもこれも素晴らしい。温かさに包まれたサラのヴォーカルは、人の声という、これ以上ない楽器。



桜の花びらが、時折強い風に狂ったように舞う中、雪みたい!と、子どもはおおはしゃぎの昨日。サラ・ヴォーンの誕生日・3月27日は、1992年・日本において制定される桜の日。

サラ・ヴォーンもカルロス・ジョビンも還らぬ人。
しかし、音楽の魔力は、いつでも、いつの時代も、人の心に潤いをもたらす。
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by tsukinoha | 2006-04-09 07:00 | 音楽

188 桜の舞い散る入学式

週が明けて、学校よりも3日早く学童保育に通いはじめた娘も、昨日入学式を迎えました。
全学年2クラスずつという、こじんま〜りとした、地域密着型?の小学校。住宅街の細い道に囲まれて、目の前の高台に児童館。ここで学童保育があるので学校からの移動も楽ちん。区内は待機児の多い学童保育ですが、どういうわけかここの学童だけは、定員割れをしているという、稀にみる恵まれた環境?にあります。


居住しているこの地域は、半径1km以内に小学校が3校もあります。どれも創立が明治、昭和初期という結構古い学校。そして全国各地の学校のお決まりのように、どの学校にも桜の樹(おそらくどれもがソメイヨシノ)が植樹されています。
体育館で入学式を終えると、校庭の隅の桜の大木の下で記念撮影。
満開の・・というわけにはいかなかったけれど、花びらの舞い散る入学式も悪くないなぁ・・と思いました。こうして、またひとつ桜との思い出が増えるのです。


メモ
小学校の学年度始めが4月に統一されたのは1892年。
それまで(明治前半)は新学期は欧米と同じ9月始まりだったそうです。
何故4月になったんでしょうね。しかしこれによって「桜=入学・入社」のイメージが新たに決定づけられたと言えます。
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by tsukinoha | 2006-04-07 05:45 | 随想

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