たまゆらデザイン日記

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170 チック・コリア Piano Improvisations

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チック・コリア
Piano Improvisations, Vol. 1
ECM
(1971年)



1 NOON SONG
2 SONG FOR SALLY
3 BALLAD FOR ANNA
4 SONG OF THE WIND
5 SOMETIME AGO
6 WHERE ARE YOU NOW? A STUITE OF EIGHT PICTURES 8つの絵画の組曲
   ピクチャー1
   ピクチャー2
   ピクチャー3
   ピクチャー4
   ピクチャー5
   ピクチャー6
   ピクチャー7
   ピクチャー8



簡素な美しさに心温まるコリアのピアノ・ソロ(1971年のLPの解説より)

力強く、やさしく、研ぎすまされたピアノは、空間を跳ねる。
ピアノのソロがこんなにすごいものだったのか。



Improvisation・・・即興演奏ができるようになるには、練習、練習、練習・・・しかない。
練習、練習、練習・・・そうやって私もデザインというものに向かうしかない。
「スケジュールを立てないうちに仕事するな!」ゲキが飛ぶ。
一体私はスケジュールのためのスケジュールを作っているのか・・・。ことごとく予定は変更になっていく。
アイデアに何日、レイアウトに幾日、写植を発注して、調整して、版下作って、合計何日、人手はいるのかどうなのか・・・どこに時間をかけるのが必要で、何がたりないのか・・・自分には向いていないんじゃないだろうか・・・。
幾度となく味わう自分自身の未熟さ。

でも、もしかしたらそうやっているうちに譜面(スケジュール)がなくても、演奏(デザイン)ができるようになるかもしれない。


そんなことを考えていた。



オリジナル盤の、チック・コリア自身の言葉(解説より)
この音楽はあらゆる処(くに)の人々のよりよき生活への夢をその人たちが語り合い、分かち合うことを切に念願しながら演奏したものである。

「SOMETIME AGO」は、名盤「リターン・トゥー・フォー・エバー」に収録されている。
同じ曲でも料理の仕方でこんなに違う・・・デザインも同じ・・・などと、ついつい考えてしまうクセがある。
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by tsukinoha | 2006-02-28 21:57 | 音楽

169 おめでとう!荒川静香選手

2月24日(金)
いつも5時頃には起きているので、朝の支度をしながらフィギュアスケートのLIVE中継を観る。
とにかく、精一杯の滑りを魅せて欲しい・・・そんな思いが通じるかのような荒川選手の滑り、笑顔が輝いていた。1ヶ月ほど前に観たドキュメンタリー番組は、新採点法に悩む一(いち)フィギュアスケート選手、そんな感じだった。レベル4に達するまでの技術修得に、ずいぶんと苦悩している様子で、番組中メダルのメの字もなかった。「まさか私が金なんて・・・」というのは本音だったのだと思う。丁寧に最後まで滑りきった姿に、心の底から感動した。
おめでとうございます。荒川選手。

2月25日(土)
学童保育の説明会に行く。
年末に書類を提出して待つこと2ヶ月。10日前に決定通知が届いて「ほっ」。
このどきどき感、保育園の入園で一度経験済みといっても、決定する間はやはり落ち着かない。入室の審査項目には、親の働いている状況から果ては子どもの生まれ月まで、細かく点数がつけられると聞いた。(フィギュアスケートの採点みたい・・・)
入学と学童との生活に向けて、いろいろ慌ただしくなる気配。

2月26日(日)
保育園の発表会。
昨年はインフルエンザにかかり無念の欠席。
保育園最後の発表会に無事出席することができて本当によかった。
舞台では、家とはまったく違う人格の娘が、繰り広げられていた。いつのまにかいっぱしの社会性を身につけている・・・。(就寝前に先生にお礼状まで書いている・・・なんちゅー子だ)
うちもあんな風だったな〜と、2〜3歳児の遊技を観ていると、実際のところ、娘そのものの演技よりも、成長したんだという実感が沸き、泣けてくる。

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          フィギュア女子、フリーの前日に描いた絵。メッセージが届いたかな?
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by tsukinoha | 2006-02-27 05:31 | 子ども

168 ロゴタイプのはなし

ふだんの特急業務の合間、「ある商品」のロゴタイプに取り組んでいる。
いや、逆で、
ロゴタイプの合間に、ふだんの特急業務を対応している。
前者は(作業)量から見た場合の言い方で、後者は密度から見た言い方といえる。

久し振りに、隔月刊『デザインの現場』のバックナンバー(2001・12月号)を引っ張り出す。
ロゴタイプ、パッケージの大御所デザイナー、松永真(まつなが・しん)氏のインタビュー記事から、いくつか拾ってみる。

・デザインとは合目的なものであるから、
 先方の話も聞かずに一方的につくるわけにはいかない。
・デザインはケーキをデコレーションするようなものではない。
 思想、目的、多くの役割を背負わされている。
・ある日突然「ロゴを変えたい」とやってくるときもある。
 そういうときは、タイポグラファーから見て僕だったらどう考えるかということに専念する。
・雑誌でも売れないから表紙を変えるというのはよくある話で、
 それよりも「中身をちゃんとしろよ」というのが、デザイナーとしての僕の意見だ。
・「何もしない」デザインをすることは、「何かをする」ことよりも、はるかに難しい。
・ものをつくるのに必要なのも、練習量と瞬発力。
 確固たる適正の中で、好奇心と批判精神を持ち、目標を高いところに定めていれば、
 練習なんていつの間にか蓄積されていくものなのかもしれない。

・・・おっしゃる通りです。

国際コンペで、用意されたロゴと、花のモチーフという制約自体に疑問を持ち、ロゴを作り替え、結果採用となった松永氏のスコッティのパッケージは有名。「日本の狭い居住空間の中で、ティッシュにまで自己主張されたくない」という考えが、規約を打破するデザインの源泉になった。
時にはルール自体を見直すという視点が必要。
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by tsukinoha | 2006-02-25 06:03 | デザイン

167 伊藤若冲の『動植採絵』

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目をみはる伊藤若冲の『動植採絵』
狩野博幸
小学館
2000年








はじめて伊藤若冲という人の絵を知った時の驚きは、何も知らなかった自分への衝撃になりました・・・。こんな職業についているから、なんでも知っているかというと大間違いで、大学で専攻でもしていない限り、美術史を学ぶような術はありません。
自国のことを何もわかっていないで、一体デザインを学ぶ現場って何なんだ・・・。
激しく疑問を持ちながらも、それでもこんな職業のお蔭で、ひたすら図版をめくり続ける必要にせまられる機会が廻ってきたのは、仕事をはじめてから、4〜5年経っていたでしょうか。今はそのきっかけに感謝するばかりです。

さて、若冲を代表する『動植採絵』は、奇跡的にも日本国内で、しかも宮内庁の御物として大切にされています。もともとは若冲自身が後世のためにと、京都・相国寺(しょうこくじ)に寄進し、同寺で、永く大切に保管されていました。しかし、明治の廃仏毀釈の波で危機にさらされ、京都府の斡旋で宮内省に献上となったのがいきさつ。これによって、海外への流出を免れたのだそうです。

見事な色づかいの『動植採絵』は、全三十帖。しかしこのリアルに描かれた植物・動物は、実際には存在しない風景(配置)から、写実系に属するものと決めつけることはできないそうです。美しい「菊花流水図」、妖艶な「老松白鳳図」、摩訶不思議な「貝甲図」、タコもイカもカエルも、あらゆるいきとしいけるものが若冲の不思議空間に漂っている・・・。
江戸は鎖国の時代といっても、時代が進み治安が落ち着くようになると、長崎からあらゆる文化の輸入があります。蘭画や浮絵(うきえ=浮世絵で建物の遠近感を出す手法)、そして若冲の精神的なあこがれともなる「煎茶道」もしかり。

光琳にあらず、応挙にあらず(1)

若冲の着彩画は一見、かなり濃密に見えますが、実際は驚くほどの薄塗りなのだそうです。


バロックもシュルレアリスムもない。文人の気負いすらない。そこには「一部始終」があった。 〜中略〜 今度、若冲は仏教画のように見えた(2)


もうここまできたら、実際に確かめに行くしかなさそうです。
今年は宮内庁三の丸尚蔵館のその動植採絵の一般公開がされるとのこと。(何度かに分けて)
しかも無料!来春は相国寺に里帰り展示があるそうです。


(1)明治18年以前の京都博覧会で、公開された六帖の『動植採絵』を前に、竹本正興(谷文晁の弟子に学んだといわれ、ひとかどの知識をもっていたと言われる画家)はその彩色に呆然としたと、ある。
(2)『日本数寄』より。『動植採絵』を見たときを思い出しながらの松岡正剛氏の記述より。

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by tsukinoha | 2006-02-22 22:27 |

166 トリノオリンピック

どうも・・・

鳥のオリンピックに聞こえてしまってしようがない。

このあいだは、えがか(絵画家・・・重複してるって)になりたいと言っていた

娘の今のあこがれは

フィギュアスケート。

紙と絵の具をせがんで一筆。
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帰宅した夫がひとこと、

「あいだみつを」かと思った。



絵は、あらかわしずかせんしゅ
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by tsukinoha | 2006-02-21 05:33 | 子ども

165 馬込文士村の時代

若冲をちょっと箸休め。
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上野(ニューヨーク・バーク・コレクション展)に行けなくても、ここならすぐ行ける!
ということで、大田区立郷土博物館の企画展。本日より開催。(自転車で5分くらいなんで・・・)

大正末〜昭和前期の大森駅北口一帯は(馬込・山王・新井宿)馬込文士村と呼ばれ、多くの作家や芸術家が暮らしていたそうです。当時の写真、書簡、絵画などで構成。川瀬巴水の『馬込の月』(記事no.156参照)も展示。

チラシの大きな写真は、萩原朔太郎が撮影した、大森駅北口・八景坂。この高台からの眺めが、広重の江戸名所百景のうちのひとつ「八景坂鎧掛松」の場所であったと、後から知りました。(記事no.085参照)
方々で街歩きが盛んな昨今ですが、この地域も時々観光客(年輩の)が訪れます。案内役は地元のボランティアの方たち。会期中にガイド養成講座もあります。実は興味津々で、隠居したらやってみたい・・・って、それまでこの地域にいることができるんでしょうか。私。

一人暮らしのアパートを探し、恵比寿・目黒を回った後、大森に降り立ち、八景坂を目の前にして「ここに住もう」と即決してから、かれこれ15年あまり経ちました。


メモ
大森駅は明治9年開業。(蒲田駅=明治37年、大井町駅=大正3年)
明治5年に新橋〜横浜間に鉄道が開通。この建設に携わった外国人技師たちの家が大森に多かったので、駅の開設が早かった。

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by tsukinoha | 2006-02-19 16:50 | 展覧会

164 奇想の系譜

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奇想の系譜
辻惟雄
ちくま学芸文庫
2004年

日本美術史研究の第一人者、辻惟雄(つじのぶお)氏の、
昭和45年発行の単行本の再版。


目 次
憂世と浮世・・・・・岩佐又兵衛
桃山の巨木の痙攣・・狩野山雪
幻想の博物誌・・・・伊藤若冲
狂気の里の仙人たち・曽我簫白
鳥獣悪戯・・・・・・長沢廬雪
幕末妖猫変化・・・・歌川国芳

江戸時代における表現主義的傾向の画家・・・奇矯(エキセントリック)で幻想的(ファンタスティック)なイメージの表出を特色とする画家の系譜である。


表紙をめくると、口絵に岩佐又兵衛の山中常盤の「常盤殺し」。
これはかなりのインパクトです。
しかし著者は、これらの絵は「異端」ではなく「主流」の中での前衛と再評価するべきで、異端の少数派としての特異性のみを強調するのは本意ではない、としており、やむなく奇想と名付けたような経緯があることがあとがきに記されています。
つけ加えて、それらの絵を専門家がエゲツないと評しているうちに、どんどん海外の熱狂的なファンへ渡ってしまうことの危機感。本当に好きな人に大事にされる・・・絵としては本望であってもそれを黙って眺めていてよいものか?

あくまでも私の感じ方ですが・・・辻先生の情熱と愛情(『奇想の系譜』は氏の30代後半の著作)は、結果的にはモノを伝える(書籍)ことでコト(再発見)を起こしたことになったのではないだろうかと思います。今や若冲や簫白と言ったら、近世絵画史における主流のひとつと言ってもさしてかえないくらいで(そう著者自身が語っておられる)むしろ後世の人々の評価の揺れ動きが、絵画史にどれだけの影響をあたえているかという点がここでもわかるような気がします。もっとも、何が正しいのかなどと定められないところに、面白さも隠されているのでしょう。

新版(1988年/ぺりかん社版)のあとがきはこう結ばれています。

いまのわたしは「奇想」というものを、江戸時代の特産物としてではなく、時代を超えた日本人の造形表現の大きな特徴としてとらえたいと思うようになった。

辻先生は1932年(昭和7)生まれ。最新著作は2005年12月発刊の『日本美術の歴史』(東京大学出版会)。

30数年の時間を経て、文庫という身近で親しみやすいかたちに変化(へんげ)することになった『奇想の系譜』。もはやこの奇想の中に「異端」は感じまい。

追記
文庫の表紙は、曽我簫白『雲龍図襖』(部分)
「当然、北斎も取り上げられるべき人物の一人だったが、私の準備不足で」と、当時のあとがき。
さらに追記
初版は1970年、美術出版社発行。後1988年ぺりかん社より再版(文中の“新版”。私はこれで辻先生を知ったのだと思う)。そして、2004年のちくま学芸文庫へとつながる。とにかく図版が豊富な本で、絵を観ているだけでも楽しい。

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by tsukinoha | 2006-02-16 22:35 |

163 ニューヨーク・バーク・コレクション展(に、行きたいな。)

東京都美術館のニューヨーク・バーク・コレクション展で、日本美術が里帰り。
展覧会の順路の最後を飾るのが伊藤若冲だそうです。
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チラシは伊藤若冲と同時代を生きた、
曽我簫白(そがしょうはく)の『石橋図』(しゃっきょうず)。


前記事の新潮美術文庫『伊藤若冲』に、こんな逸話が掲載されています。

若冲の絵は、信じられないような安い値段でアメリカ人に買われ、国外に流出してしまう。
かつての浮世絵版画と同様に・・・
(本文より一部抜粋)

著者の小林忠氏が学生だった頃、先輩美術史家の辻惟雄氏が、近く海外に渡ってしまう若冲の絵を、美術商から借りてきて語っておられたという、思い出の一場面。

伊藤若冲は、30年ほど前(新潮美術文庫『伊藤若冲』の著作年が1996年なので、昭和30年代後半頃と思われる)には国内に理解者を得にくいような状況だったといいます。この話しを人づてに聞いたこともありました。

それらを広く一般に紹介したのが、前出の辻先生の著『奇想の系譜』でした。

つづく。
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by tsukinoha | 2006-02-15 22:28 | 展覧会

162 お〜〜〜いお茶

草非人非木非(草にあらず 人にあらず 木にあらず)

陶芸家・故河井寛次郎の掛け軸。
そのこころは
草・人・木 ・・・「茶」なんだそうな。


職場近くの自販機でたまに所望の茶。
ひと世代上の写植屋の社長が、
「ペットボトルでお茶を飲むなんて!」と
違和感を訴えられていたのも今は昔の話。


ちょっとしたことがきっかけで、茶に関する著作を(図書館で)取り寄せ、読んでみている。
お茶、それも茶の湯の抹茶(禅)ではなく、煎茶道(老荘思想)。
   煎茶道とは、江戸時代の文人たちが築いたもの。
   精神的な源流を唐代の喫茶の世界に求める。

これがたいそう濃い内容で、なかなか難儀している。


この予約注文本が手に届く合間にと思い、
お茶といったらまず「数寄」だろうと、
たまたま書架にあった『日本数寄』を借りて読む。4、5年振りだろうか。
しかし、私はまったくこの本を「読んで」はいなかった。
衝撃だった。

もうそろそろ伊藤若冲を“綺想の画家”などとよぶのはやめたほうがいい。*

「・・・。」

私はいったい何を飲んで(読んで)いたのだろう。


河井寛次郎=『美の巨人たち』一枚の絵参照
伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)=江戸中期の異色の絵師(と言われる)
*そんなことがさらりと言えるのは、松岡さんだからです。



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『煎茶への招待』 小川後楽(1998)NHKライブラリー
『日本数寄』 松岡正剛(2000)春秋社
『伊藤若冲』 小林忠 新潮美術文庫

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by tsukinoha | 2006-02-14 05:34 |

161 「ルイ・ヴィトン展」を回顧

話題の六本木にはじめて出かけたのが昨年の3月12日。
普段は職場と保育園の往復だし、休日は子どもといっしょ。都内に住んでいても、名所(!)に出かけるということはあまりないものです。
一年前に開催中の森美術館でのルイ・ヴィトン展が、六本木ヒルズへの機会をつくってくれました。父親にインフルエンザをうつして、すっかり元気になった子と2人で。

“高級ブランドもの”に縁のない(おそらく一生…?)私が、ルイ・ヴィトン展に足を運ぶ。誰でもが知っている焦げ茶地にベージュのモノグラムの文様。イニシャルと組み合わせられた、あの花のようなかたちですが、これが日本の家紋の意匠をヒントに作られたと聞いていましたが、実際のところどうだったのかを確かめに行きたかったのです。

ジャポニスム、19世紀後半の日本趣味の時代は、同時にヨーロッパ世界旅行時代の幕開けでもあります。馬車から鉄道へ、そして豪華客船へと、ヨーロッパの上流階級の人たちが旅をするのに、当然、沢山の荷物を収容するトランクは必需品。そのトランクの独自の装飾文様のデザインを施し、ステイタスという価値を作ったルイ・ヴィトン。

すでにその当時フランスでは、四弁形の文様が日本の家紋に関する著作として紹介されていました。ギメ美術館所蔵の長持にはそっくりと言えるようなデザインもあります。少なからず影響を与えていたのは間違いなさそう。日本の初の万国博覧会の参加は1867年パリ。幕府、薩摩藩、佐賀藩がそれぞれ独自に出品。

しかし結論を言ってしまえば、モノグラムの文様を日本の家紋のみに求めるというのは、いささか無理があるとの指摘でした。装飾文様にはフランス・イギリスの中世美術や、ベネチア建築、オランダタイル文様、エジプト、ビザンチン、イスラム、インド、中国にまでとつながっているからだといいます。
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2300円の図録が、私の大事なブランドものとして手元に残りました。
同じデザインの上製本仕立ての函(はこ)のなかに、引き出しのこげ茶のリボンが把手のようにようについていて、ひっぱると函の中におさまった平綴じの図録(画像)が表れます。豪華本などに見られる構造を利用しているとはさすが。

実は展覧会そのものよりも、展望台からの眺めのインパクトが強かった。歩き疲れてぐずった子も、その絶景にご機嫌。
それから約1ヶ月後に出かけた東京タワー(ブログ記事no.003)との落差を思いきり感じました。


先日、夜中に突然子どもが発熱。
インフルエンザかと思いきや、風邪。熱は忽然
と下がる。よかったというか、インフルエンザ
にかかる可能性がまだあると思うと複雑!?

2005年3月12日。何故日にちまで憶えていたか
というと、チック・コリア エレクトリックバン
ド来日のポスターをここで見かけて知ったのと、
事実上、この日が最後のNSPのコンサートになっ
てしまったこと。こういう因果のようなものを感
じることが多い。

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by tsukinoha | 2006-02-11 06:35 | 展覧会

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