たまゆらデザイン日記

<   2005年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧




046 子育て支援講座-1

娘が通う保育園ではこれまでに年に数回、自由参加の講習会がありましたが、今年度から枠を拡大して、保育園の保護者だけでなく、近隣からの参加も可能となりました。地域ぐるみで保育をという保育園の主旨によるものです。年に6回行われるので、できる限り出席してレポートを試みたいと思います。(自分が忘れないために・笑)

第1回目は子供の救急について 6月25日 9:30〜11:00

姉妹園との共同で、講師は両園の看護師。
子供の事故や怪我の話を通して、メインは人形を使用しての人工呼吸と心臓マッサージの実技。これは参加者全員が行いました。乳児と幼児ではやり方が違いますが、幼児のやり方で大人の方もだいたい通じるようです。
以下幼児の場合。
1. 意識の確認 
 鎖骨のあたりを叩いて(不快感を与えて反応を見る)自分の耳を口にあて、胸に呼吸の動きがあるかどうかを確認。近くに人がいたら救急車をお願いする。
2. 何はともあれ2度人工呼吸
 あおむけに手のひらでおでこをそらせ、顎(エラの部分)を手で持ち上げ、気道確保。鼻をつまみ口から息を2回吹き込む。これだけで呼吸が戻る場合もある。
3. 人工呼吸と心臓マッサージを交互に繰り返す。
肋骨をなぞって中央にある胸骨を探しあてます。心臓マッサージは胸骨が心臓を押してくれるという原理で、そのためには、胸骨の指一本上を押すのが大事だそうです。直接胸骨の上を押すと、骨折して突き刺さる恐れがあり大変危険とのこと。
余談を交えながらの実技は実りあるものでした。このようなことは起こってほしくないのですが、備えあれば憂いなし。家に戻ると早速娘で実験(模擬)して、胸骨の位置の確認をしました。ちなみに元気な人に心臓マッサージをやっては、絶対にいけないそうです。
[PR]



by tsukinoha | 2005-06-29 05:51 | 子ども

045 カキツバタの色

前記事で、濃藍と書いた色は正しくは紺青(こんじょう)と表現した方がよさそうです。
『日本の色辞典』吉岡幸雄・著(紫紅社)によれば、カキツバタ(古くは、かきつはた)という名は、描き付けをする花の由来で、花びらを摘み取って布に摺り込むという原始的な手法にはじまったとのこと。光琳の画のカキツバタには紺青というアズライト(藍銅鉱)を原料とした顔料が使用されているそうで、中国原産のこの良質の紺青は江戸時代後期以降は、日本へはもたらされなくなったと説明がありました。
ところでこの「杜若」と「燕子花」、どちらも同一のアヤメ科のカキツバタですが、その表記違いが意味するものがどうも明らかではありません。一般には『伊勢物語』の方は「杜若」、光琳の屏風絵は「燕子花」で表記をすることが多いので、時代を経て何か変化があったのでしょうか。

もうひとつややこしいことを追記しておきましょう。ショウブはサトイモ科、花が咲くハナショウブはアヤメ科と、まったく違う植物です。五月五日の邪気払いの菖蒲湯は、サトイモ科の方です。「菖蒲」と書いて「ショウブ」と呼ばれるようになったのは後世で、それまでは「アヤメ」と発音していました。古典で登場する「アヤメ(菖蒲)」はこちらを指します。いずれにしてもハナショウブとしてポピュラーになったのが、江戸時代ということで…。
以上、こんがらがりそうになる、カキツバタとアヤメとショウブでした。ややこしや〜。
[PR]



by tsukinoha | 2005-06-27 05:52 | 日本の伝統文化

044 燕子花図屏風

尾形光琳。古美術に詳しくなくとも、その名を知らない人はいないくらい有名なお方。実生活においても、日本史上初、女性関係で訴えられたという(文書が残されている)ことで有名。生家が京都の雁金屋(かりがねや)という呉服商の三兄弟の次男だった光琳は当世のボンボン。莫大な遺産を相続するも、放蕩の限りをつくして家を破産させ江戸へ逃亡。しかし、陶工として名高い弟の乾山(けんざん)とともに、光琳は後に江戸期を代表する絵師として、その人生の逸話とともに名を残すことになります。晩年に故郷で仕上げた「紅白梅図」(熱海・MOA美術館)は超有名。

金箔地に濃藍で描かれた「燕子花図屏風」。
この絵の主題となったのが、伊勢物語の八橋(やつはし)の下り。燕子花に八つ橋が架けられた「八橋図屏風」(メトロポリタン美術館)も名画として名高い。

三河国八橋といふ所に至りぬ。そこやつはしといふことは、水のくもでにながれわかれて、木八つわたせるに、木かげにおりゐてかれいひくひけり。その沢にかきつばたいとおもしろくさきたり。それを見て都いとこひしくおぼへり、さりけれはある人、かきつばたといういつもじをくのかしらにすへて、たびの心よめといひければ、
    から衣きつつなれにし妻しあれば遥々きぬる旅をしそ思ふ。
と読みければ、みなかれいひのうへに涙落してほとびにけり
                        (伊勢物語)

〈現代語要約 by tsukinoha〉
三河国八橋。水がくものように別れているところで橋を八つ架けているから八橋という。水辺にはカキツバタがとてもきれいに咲いていた。道中のひとりが、かきつばたの文字を句において旅のこころを詠めというので

   らころもを てなれしたしんだ まをおいて るばるきた びをおもう
と詠むと、皆、都に置いてきた妻を思い、木かげで食べていたおべんとうの上に涙をぽろぽろこぼした。

八橋は物語の主人公、平安貴族の好色と謳われた在原業平(ありわらのなりひら)の東下りの一場面。屏風絵や工芸などに平安時代の王朝文化を取り上げるという傾向は、桃山後期に古典をビジュアルで復興させた本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)と俵屋宗達(たわらやそうたつ)の大きな余韻が一世を風靡していたことに関係しています。他聞にもれず影響を受けていたであろう光琳は、古典趣味の枠を超えて、京を後に江戸に下った自身の身の上と八橋の物語を重ねあわせていたのかもしれません。いくつもの「八橋図」を描いたという事実は、この主題をいたく愛していたということなのでしょう。
それまでにない屏風絵の斬新な燕子花のモチーフは、幼少から雁金屋の新しいモードを要求される環境で養われたことと無縁ではありませんが、八橋さえも排除してしまった「燕子花図屏風」は、その絵を観るもの自身が橋の上にいるという視点で描かれたものなのではないでしょうか。ここに光琳の絵師としてのたましいが迫ってくるようです。国宝だから、有名だから、という認識は、観賞眼を曇らせるようではないでしょうか。
d0009581_6344499.jpg
     左/美術史を俯瞰する著作に取り上げられることも多い。『カラー版日本美術史』 美術出版社
     右/さらにトリミングして光琳に怒られるでしょうか。とある出版物の見開き。

[PR]



by tsukinoha | 2005-06-25 06:39 | 日本の伝統文化

043 花菖蒲うんちくこぼれ話

現在私たちが水辺で楽しむアヤメ類の殆どがハナショウブです。
江戸の初期からはじまつていた品種改良は、19世紀に入って旗本の武士・松平小金吾が、陸奥安積沼の野生ハナショウの種子を得て自生を繰り返し花形を飛躍的な改良(『花の美術と歴史』塚本洋太郎・著より引用)がされると、またたくまに自生のカキツバタを追い抜いてしまうと同時に、浮世絵や近代以降の日本画の画題もハナショウブの方が優勢になってしまいました。そういわれると、私自身も水辺に咲くハナショウブは見た事があったとしても、カキツバタを見たことがあるかというのは怪しいものです。
植木や盆栽などの園芸を擁護したのは江戸幕府でした。花を愛でるというのは戦乱の世を経て、泰平の世になった象徴なのでしょう。江戸の町が描かれた大作「江戸図屏風」(千葉・歴史民俗博物館)の町なかの一場面には御花畑という一角が描かれています。花菖蒲は桜でいうところのアヤメ類のソメイヨシノと言えるのかもしれません。

江戸の植木職人のなごりとも言える町が埼玉・大宮にある通称「盆栽村」です。東京の団子坂(現文京区・千駄木)周辺に多かった植木職人や盆栽師は、関東大震災で被害の大きかったをきっかけに、植物栽培に適したこの地に集団で移り住んだのだそうです。現在も「さいたま市北区盆栽町」といウソのようなホントの住所が実在します。
[PR]



by tsukinoha | 2005-06-22 06:10 | 随想

042 いずれあやめかかきつばた

この季節になると展示が恒例になっていた東京・表参道の根津美術館の尾形光琳の「燕子花図屏風」は、今年は修復のために見られないようです。実家のある千葉・松戸の本土寺の花菖蒲も今が見頃でしょうか。ここは日蓮聖人ゆかりの由緒あるお寺ですが、別名あじさい寺とも呼ばれているように、紫陽花、そして花菖蒲の花の見どころで有名です。常磐線の「北小金」駅から徒歩10分くらいです。南口で生まれ育った私にとっては夏休みの課題で絵を描くためや初詣にと、たびたび訪れた馴染みのあるお寺でもあります。以前はお寺のある北口から続く参道を挟むように「北小金」駅があるようなかたちでしたが、南口の再開発によって、駅で寸止まりになってしまったように見受けられます。d0009581_602060.jpgもっともその頃にはひとり東京の城南地区に移り住んでいました。現在の居住地から日蓮聖人ゆかりの池上本門寺が近いのも、何かの縁かもしれません。呼ばれたのでしょうか。

ハナショウブとカキツバタは水辺で咲きますが、ハナショウブが画題として取り上げられるようになるのは江戸時代のころで、それまではもっぱら描かれるのはカキツバタの方です。アヤメは土から咲くというのが違いで、昔の屏風絵などでどちらかを見分ける時は水がポイントになります。

東京名所三十六花撰 東京堀切花菖蒲
喜斎立祥(二代歌川広重)

初代広重の「名所江戸百景」の花名所版。
絵はがきは、葛飾区郷土と天文の博物館のおみやげ。3年前、当時の同僚がくれました。花を通して観る歴史というのは、桜同様、奥が深くて面白いものです。
[PR]



by tsukinoha | 2005-06-20 05:56 | 観光

041 さよならi-Mac

先日、仕事場に予備として置かれていたi-Macを処分することになりました。
発売当時は新鮮だったポップなカラーのシリーズのやつです。
現在の職場はやたらと移動することが多くて、この2年に満たない期間に3度も場所を変わったうえに、会社ごと移籍することになったりと慌ただしいです。そのせいなのか、人の出入りが激しいのか、どうなのか、信じられないことに私が入ったときにはすでにそのi-Macの説明書、CDなどが一切なく(初期化不可能)、ハードを取り出す手順も、リサイクルセンターに送るため必要な製品番号を調べたりするも、ネット検索して探りあてる始末。しかし6年しか経っていないのにかなり古さを感じます。1999年製とはうちの子供と同じ年齢ですが…PCとはなんて寿命が短いのでしょう。私の持っているピンセットやカッターは、研いだり歯を取り替えれば一生モノだというのに。

もうすぐ6歳になる5歳児の描く絵。
d0009581_6132120.jpg

[PR]



by tsukinoha | 2005-06-19 06:15 | 随想

040 一息入れたいとき

ラプチュアー アニタ・ベイカー Elektra(1986)

1.Sweet Love
2.You Bring Me Joy
3.Caught up in the Rapture
4.Been So Long
5.Mystery
6.No One in the World
7.Same Ole Love
8.Watch Your Step


某日の仕事。
承認ハガキの作成/販促用A4チラシ表・裏の作成/セミナーチラシ2種類の修正/ページもののタイトル部分を作成/新規事務所の名刺デザインをCIと平行してシュミレーション…を同時進行。次から次へと息つく間もないとは言っても、定時になると強引にストップ。私の場合、保育園のお迎えというタイムリミットがあるのだ。そしてプライベートな問題ではあるが、忙しさとは違うところに製作へのジレンマがある。
ちょっと一息入れたいな、
今日はそんな時に聴きたくなる音楽。
訳詞だけを見ていると(例:あなたのハートが呼んでいるのね〜、私はあなたのすべて〜)などなど、なかりベタなラブソングなのであるが、ここは包容力のある、けだるいボーカルに身をまかせて浸るのがベスト。1曲目の甘〜い「スウィート・ラヴ」も、アニタ・ベイカーの歌声にほどよく中和されて心地よい。20代のころに、銀座の山野楽器で視聴して即買いしたCDだった。
[PR]



by tsukinoha | 2005-06-18 06:38 | 音楽

039 魅惑の浮世絵

北斎と広重、大家二人を続けて観るというはじめての機会に恵まれた今回でしたが、展覧会のみで比較をしようというのはやはり難しい。これは、今回に限ったことではないのですが、会場の人の混み様も影響するということは言うまでもなく、ディスプレイによって感じ方も随分と変わってしまいます。『富嶽三十六景』展の龍子記念館の方は設けてあった柵に距離ありすぎて、浮世絵の魅力を味わうには物足りなさを感じました。一方でそうは言っても藍刷りの富士山の眺めは美しかった。館の一角には、龍子が使用していたと思われる絵の道具と顔料が並べて展示されていましたが、青色の顔料の種類の多さに、過去も現代も日本人の藍色好のみが受け継がれている一端を見たような思いがしました。
太田記念美術館は浮世絵専門の美術館ということもあって、ガラス越しではありますが、間近で絵を観る配慮がされています。夜の景色はねずみ色と漆黒のモノトーンの微妙な階調の違いがわかりますし、雪の風景では白い点に混じって空押し(模様の型を押したもの)で雪を表現していたり…細部に贅を尽していることは、浮世絵が本来は額縁に飾って見るものではなく、よくよく近づいて、手にとって観賞するものだということがわかります。展示のそばに浮世絵の仕上がるまでの図解がありましたが、印刷は何版にも分けて色刷りされているのですが、版木をしっかり和紙に定着させながらの印刷が数百年たった今でも、いえ今では表現できないような印圧の深みが感じとられます。「版下」「見当」など今でも印刷物の用語として残されているものに愛着を感じつつ、日頃オフセット印刷やカラープリンターで量産されるような自分の仕事が本当にうらめしくなります。
さて、浮世絵というのは、行灯(あんどん)のあかりのもとで親しんだと聞いたことがあります。そのあたりのことが『大江戸生活体験事情』(講談社文庫)にも詳しいのですが、実際の江戸時代の行灯のあかりは、今の60Wの電球にはるかに満たない光源だそうで、私たちにしてみるとかなり暗かったようです。しかしそのやわらかな光のなかで反射率の少ない和紙にほどこされた、雲母(きら)摺りや空押しの陰影の美しさを楽しんだ…想像するだけでも、江戸時代の人たちはなんて贅沢な時間を持っていたのだろうと思います。さらに余談ですが、浮世絵の技術を発展させたことで外せないのが春画の存在だそうですね。
[PR]



by tsukinoha | 2005-06-17 05:31 | 展覧会

038 『名所江戸百景』展

2〜3年前のこと。週間日本の美術だったかその手の雑誌の広重のバックナンバーの巻末のエッセイに、名画のセルフポートレートで知られる森村泰昌のエッセイのタイトルに思わずふきだしてしまいました。
「うたがわしい広重」。確かに自分が子供時代の永谷園のお茶漬けのおまけだった東海道五十三次は「安藤広重」でした。それがいつのまにか「歌川広重」になっていたのです。エッセイの内容もうろおぼえで、詳しいいきさつもよくわかってはいないのですが、近年になって広重は本名の安藤姓から画号である歌川姓で呼ばれるようになった、ということのようです。初代歌川豊国に入門希望者多数を理由に断られ、のちに豊春の門下だった豊広への入門を果たした広重は、両親の他界や家督相続、扶養の義務など若くして苦労を背負った人でした。しかし経済的な理由で浮世絵を志したのかどうかは、本当のところは明らかでないそうです。

さて、先週末に『名所江戸百景』展へ行って参りました。百景といっても、正確には118枚もの江戸の名所絵。先に記事で取り上げた「大はしあたけの夕立ち」とともに「亀戸梅屋敷」はゴッホが模写をしたことで有名ですが、遠近法を輸入で取り入れた風景浮世絵が、のちにヨーロッパの印象派へ影響を与えることになった図式は、大変興味深いことです。この日本趣味(ジャポニスム)については、別の機会で再びふれてみたいと思います。

この展覧会では、大正時代と現代の写真とが並べられ、原画の場所と比較のできるように配慮された展示となっていました。しかし私にとっては、それが原因なのかどうか、純粋に浮世絵の粋を楽しむゆとりよりも、変わり果てた現代の風景への失望の念の方が、大きく押し寄せてきてしまいました。そしてそんなふうに観賞してしまっていた自分自身に驚きました。d0009581_5314224.jpg失った風景にはさまざまな原因がありますから、それらを一概に否定でいないこともわかってはいるのですが…。百景のなかには、いつも通る道やよく知っている場所もあるのでなおさらその思いが強いのかもしれません。心は遠く江戸時代にワープしてしまうかのごとく、名所絵は心に刻まれました。
北斎と広重、ふたつの展覧会で感じたことは、もう少し続きます。

図録はこの展覧会のため、ではなく2年前に製作されたものなので以前にもこのような企画があったのでしょう。以前からこの絵に関する資料集が欲しかったので、迷わず購入。
[PR]



by tsukinoha | 2005-06-14 05:43 | 展覧会

037 水のせいだったんです

水のせいだったんです NSP 日本クラウン(2005年)

ディスク: 1
  1.水のせいだったんです
  2.BIRTHDAY (アルバム未収録曲)
  3.水のせいだったんです (カラオケ)
  4.BIRTHDAY (カラオケ)
ディスク: 2
  1.水のせいだったんです(Promotion Video clip)
  2.メンバーインタビュー


「水のせいだったんです」…何度もリフレインするコーラスが印象的な曲である。
私のNSPとの出会いは、従兄が同じ学校の出身だったから…というこじつけの縁を感じたのと、その従兄の兄弟からNSPを聴かされて、忘れられなくなってしまったというのがはじまり。メジャーなアリスやオフコースファンの友人たちのなかで、NSPがいちばん!と静かにゴリゴリと主張していた。私はNSPファンの形容詞「地味で根強いファン」の一人だったのだ。「弥生つめたい風」「色あせた風景の中で」(注:過去のブログのタイトル)、今でもふとした時に過去の歌のフレーズが“頭の中をぐるぐると”(by 雨は似合わない)回っていることがよくある。思春期に受けた影響というのは計り知れない。

今年2月の19年振りのシングルのリリース(同時にアルバムも)というニュースで、NSPの封印を解いてしまった。「水のせいだったんです」とは、NSPの空白の時間のことを指しているようでもある。「水」という普遍的なテーマをそう持ってきますか。日常の風景を謳ったの詞なかに、メッセージは隠され潜んでいるような、そんな天野氏(NSPの殆どの作詞・作曲を手がけているお方)の歌が好きだった。やられた〜という気分。
ディスク2で、おそるおそる20年振りの姿を拝見。さすがにみんな年季入っているな〜。(人のこと言えない自分も…)緑の林の中を赤のワーゲンバスがゆく。時折現れるスペインの田舎のような大地のカット、パーパラッパ〜♪…コーラスが乾いた風景に溶け込む。私がNSPから遠ざかっていたことも“水のせいだった”とでもいうように。
[PR]



by tsukinoha | 2005-06-11 07:02 | 音楽

日々のよろずデザイン観
by tsukinoha
プロフィールを見る
画像一覧

最新のトラックバック

試合で勝つための“8つの..
from オリンピック総合コーチが教え..
もう中学生 最新情報 -..
from Nowpie (なうぴー) ..
ペニーオークション詐欺
from ペニーオークション詐欺
保育士の求人
from 保育士の求人
ルービンシュタインのシュ..
from クラシック音楽ぶった斬り
皇室の名宝ー日本美の華 ..
from Art & Bell by ..
バドミントン練習 バドミ..
from バドミントン練習 バドミント..
道路地図
from 道路地図
ミネラルウォーター
from ミネラルウォーター
阿修羅さま
from 裕子ねーんね

お知らせ

記事と関連のないコメントやトラックバックは予告なく削除させていただく場合があります。予めご了承ください。

検索

ブログジャンル

画像一覧