たまゆらデザイン日記

038 『名所江戸百景』展

2〜3年前のこと。週間日本の美術だったかその手の雑誌の広重のバックナンバーの巻末のエッセイに、名画のセルフポートレートで知られる森村泰昌のエッセイのタイトルに思わずふきだしてしまいました。
「うたがわしい広重」。確かに自分が子供時代の永谷園のお茶漬けのおまけだった東海道五十三次は「安藤広重」でした。それがいつのまにか「歌川広重」になっていたのです。エッセイの内容もうろおぼえで、詳しいいきさつもよくわかってはいないのですが、近年になって広重は本名の安藤姓から画号である歌川姓で呼ばれるようになった、ということのようです。初代歌川豊国に入門希望者多数を理由に断られ、のちに豊春の門下だった豊広への入門を果たした広重は、両親の他界や家督相続、扶養の義務など若くして苦労を背負った人でした。しかし経済的な理由で浮世絵を志したのかどうかは、本当のところは明らかでないそうです。

さて、先週末に『名所江戸百景』展へ行って参りました。百景といっても、正確には118枚もの江戸の名所絵。先に記事で取り上げた「大はしあたけの夕立ち」とともに「亀戸梅屋敷」はゴッホが模写をしたことで有名ですが、遠近法を輸入で取り入れた風景浮世絵が、のちにヨーロッパの印象派へ影響を与えることになった図式は、大変興味深いことです。この日本趣味(ジャポニスム)については、別の機会で再びふれてみたいと思います。

この展覧会では、大正時代と現代の写真とが並べられ、原画の場所と比較のできるように配慮された展示となっていました。しかし私にとっては、それが原因なのかどうか、純粋に浮世絵の粋を楽しむゆとりよりも、変わり果てた現代の風景への失望の念の方が、大きく押し寄せてきてしまいました。そしてそんなふうに観賞してしまっていた自分自身に驚きました。d0009581_5314224.jpg失った風景にはさまざまな原因がありますから、それらを一概に否定でいないこともわかってはいるのですが…。百景のなかには、いつも通る道やよく知っている場所もあるのでなおさらその思いが強いのかもしれません。心は遠く江戸時代にワープしてしまうかのごとく、名所絵は心に刻まれました。
北斎と広重、ふたつの展覧会で感じたことは、もう少し続きます。

図録はこの展覧会のため、ではなく2年前に製作されたものなので以前にもこのような企画があったのでしょう。以前からこの絵に関する資料集が欲しかったので、迷わず購入。
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by tsukinoha | 2005-06-14 05:43 | 展覧会

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