たまゆらデザイン日記

437 20年前の日記-1

昭和63年(1988年)3月13日。
その日、鉄道連絡船としての使命を終えた青函連絡船は、運行を終了した。
当時は定期刊行物(月刊誌)のめまぐるしい忙しさのなかにいたのだが、2ヵ月振りに休みが、しかも多少まとまってとれることになった私は、思い立って数日後に運行を終える青函連絡船の乗船へと、函館2泊3日の旅に出ることにした。今から20年前のことだ。
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その日の仕事を終えると、恋人(当時)に「行ってきます」を告げ、夜11時台の上野発の夜行列車「ゆうづる」のB寝台車に乗り込む。すでに盛岡までは新幹線が走っていたが、青函連絡船に乗るのだったらやっぱり寝台車だ。母の出身である宮城県北部にはよく遊びに行っていたので、東北本線には馴染みがあったが、岩手の「平泉」以北を列車で通るのははじめてだった。寝台車に乗るのもはじめだった。もちろん青函連絡船も。このはじめてづくしの興奮のせいか全然寝つけなかった。

通路側で窓ごしの景色を眺めていたのだと思う。もっとも暗闇で何も見えなかったのだが。同じように寝つけないという近くの座席の男子がいた。彼は大学受験を終えて実家の青森へ帰るという。東北訛りが親しみを呼んだのか、私には珍しく会話がはずみ、周りから「静かに!」と注意されてしまうほどだった。ところが、何かの拍子で、私が23歳で社会人だと話すと、彼は急によそよそしくなってしまった。私の外見が幼かったので、同年代のつもりで話していたが、5歳も年上だったのでびっくりして・・・とは容易に想像ができるが、結局、翌朝列車を出る時も挨拶もままならないまま別れてしまった。

翌朝、約10時間近くかけて到着しただろうか。上野発の夜行列車を降りると、はたして、青森駅は雪の中、だった・・・!
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by tsukinoha | 2008-03-08 06:48 | 随想

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