たまゆらデザイン日記

060 「道」をめぐる私的考察

「道」という題材に惹かれるのは何故でしょうか。

古くには伊勢物語を題材にした『蔦の細道図』、歌舞伎などによく登場する男女の「道行(みちゆき)」、物語を通して「道」は運命の行方を指し示すサインに満ちています。しかれど、こんなに明解に「道」そのものを表わしている主題は、他にないのではないでしょうか。つけ加えますと、自己投影をそのまま絵に写すということが見られるようになるのは、近代に入ってからのことです。

近親者の死、戦争体験、日展の落選、多くの挫折を体験した東山魁夷が、これからを見つめたときに思い浮かんだものが、一筋の道でした。かつてのスケッチを頼りに青森・八戸の種差(たねさし)海岸へと向かったのが戦後間もない頃。
夏の朝早い空気の中に、静かに息づくような画面にしたいと思っていました。この作品の象徴する世界は、私にとっての遍歴の果てでもあり、また新しく始まる道でもあった。それは、絶望と希望を織りまぜてはるかに続く一筋の道であった。(東山魁夷・談)

心象風景を謳うことができるのは、もちろん絵画ばかりではありません。たとえばよく知られたこの一遍を思い浮かべます。

  私の前に道はない。私の後ろに道はできる(高村光太郎「道程」より)

洋画を学ぶことに大反対され、「日本画なら…」と父の許しを得た東山。
技法としては日本画であるものの、うちに秘めた西欧的なものへのあこがれの念が、画伯独特の風景画に滲みでているような気がします。「絵から聞こえてくるのは和楽器の音ではない」と、先の番組では言い当てて妙でした。

最後に、おまけです。
私が今「道」で聞こえてくる音はこれです。画伯が知ったらびっくりかもしれません。
「一旦世に出てしまえば、歌は歌として自立してしまう。あとは受け止めてくれた人がどう感じるか、だ」と、折あるごとに話されていたこの方の、音楽の道に入るきっかけとなった詞の一遍から。これを聴くたび、夏の日の東北の田舎道を私に思いださせるのです。

  こんな道 一本道を 気の向くままにふらふらと
  つぶつぶのしょっぱいあせを つぶつぶのあせをながし
  つぶつぶのしょっぱいあせを つぶつぶのあせをぬぐう(天野滋「あせ」より)

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道 東山魁夷 1950年(昭和25年)
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by tsukinoha | 2005-07-20 22:13 | 随想

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